大阪地方裁判所 昭和23年(行)8号 判決 1963年2月28日
原告 白井こと井上敬二
被告 松原市農業委員会・国
訴訟代理人 堀川嘉夫
主文
一、原告の被告松原市農業委員会に対する訴は、別紙目録(2)記載の土地について定めた買収計画、これに対する異議棄却決定の無効確認を求めるものを除く部分をすべて却下する。
二、原告の被告国に対する訴は、右土地の所有権確認を求めるものを除く部分をすべて却下する。
三、原告と被告松原市農業委員会との間で、大阪府中河内郡三宅村農地委員会が昭和二二年七月二四日別紙目録(2)記載の土地について定めた買収計画及び同委員会が同年八月一五日なした右買収計画に対する原告の異議の申立を棄却する旨の決定を取消す。
四、原告のその余の請求を棄却する。
五、訴訟費用はこれを七分し、その一を原告の負担、その六を被告らの負担とする。
事実
第一、当事者双方の申立
(原告)
一、原告と被告委員会との間で、三宅村農地委員会が別紙目録記載の土地について定めた買収計画、その公告、原告の異議申立に対する棄却の決定、買収計画承認申請等の各行政行為並びに大阪府農地委員会がなした原告の訴願に対する裁決、買収計画の承認等の各行政行為及び大阪府知事がこれについてなした買収令書の発行交付並びに各土地について行われた自作農創設特別措置法所定の政府売渡に関する一切の行政行為が無効であることを確認する。
二、原告と被告国との間で、前項の土地に関する政府買収、政府売渡、大阪府知事が農林省のためになした買収登記及び売渡登記の各嘱託行為並びにこれにもとづいてなされた各所有権移転登記はいずれも無効であること、右土地は原告の所有であることを確認する。被告国は原告に対して右土地の所有権を回復し、大阪府知事において右各登記の抹消登記手続をすることを容認せよ。
三、訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決を求めた。
(被告ら)
本案前の申立として
本件訴のうち被告委員会との間で三宅村農地委員会の公告及び大阪府農地委員会の承認の無効確認を求める部分を却下する。
との判決を求め、本案につき
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求めた。
第二、原告の主張
一、(一)被告委員会の前身である大阪府中河内郡三宅村農地委員会(以下村農地委員会という)は、昭和二二年七月二四日、別紙目録記載の土地を原告外一五名の共有にかかる小作地であるとして、買収時期を同年一〇月二日とする買収計画を定め、即日その旨を公告し、同日から一〇日間これを縦覧に供した。原告は同年八月二日異議の申立をしたが、同月一五日棄却されたので、同年九月二日訴願したところ、同月一九日棄却の裁決があり、同年一一月九日その裁決書の送達を受けた。
(二) 大阪府農地委員会は、村農地委員会の承認申請にもとづき右買収計画を承認し、大阪府知事は昭和二三年一二月一〇日仲川幸太郎を本件土地共有者全員の代表者であるとして同人に買収令書を発行交付し、さらに昭和三六年五月三〇日原告に買収令書を発行交付して、政府買収(個々の行政処分を指すものではなく、全体としての農林省名義の土地所有権取得行為を指す)を実行した。
二、しかしながら、これらの行政処分には次のような違法がある。
(内容に関する違法)
(一) 本件土地は原告外一五名の共有地ではない。
本件土地は、もと原告外一五名の共有であつたが、昭和二一年六月四日共有物分割の協定ができ、同日以後は原告が単独で所有している。もつとも、不動産登記簿上はいまなお原告外一五名の共有となつていることは認めるが、農地買収処分については民法一七七条の適用はない。村農地委員会は本件土地が原告の所有であることを認めながら、原告外一五名の共有地として買収計画を定めたものである。
(二) 本件土地は農地でない。
本件土地は、もと春本利作の所有であつたが、附近の土地とともに合計六、〇〇〇坪を豊浦豊四郎が宅地として買受け(昭和二一年三月一二日大阪府指令経二商第一七三四号により宅地建物等価格統制令六条による土地譲渡価格の認可を受けた)、三宅村外五ケ村青年学校組合を組織し、青年学校の建設を計画していたものである。本件土地は、すでに工場敷地又はその他の住宅経営地とするため区画整理を施行し、道路線を設け地目も宅地に変更されていた。本件土地が耕作されていたのは、戦争のため校舎の建築もできず、大阪府農務課長門田一の指示により右学校組合あるいはその解散後本件土地の共有者となつた原告外一五名において附近の者に休閑地利用として一時耕作を認めたからに過ぎない。従つて本件土地は農地でない。
(三) 本件土地は小作地でない。
本件土地は小林広、竹本清一の両名がもと青年学校の指導員であつた関係から休閑地として耕作していたがその耕作関係は戦時中の特別事情による休閑地利用という特殊な関係であつて、使用貸借でも賃貸借でもないから、本件土地は小作地ではない。
(四) 買収土地が特定されていない。
本件買収計画書には原告を含む共有者一六名の氏名と本件二筆の土地を含む二二筆の土地について一筆ごとの地目、面積、賃貸価格、対価、報償金交付申請額が記載されているに過ぎない。右面積の合計は二町一反二畝二歩(六、三六二坪)となるが、原告らが取得したのは学校用地として区画整理ずみの六、〇〇〇坪の部分であつて、取得当時すでに各筆の境界線は除去せられ各筆を現実に特定できない状態にあり、右記載のみでは六、三六二坪のうちいずれの部分で、六、〇〇〇坪を買収したのか不明である。
(五) 対価が違法である。
農地買収は公用徴収であるから、現実の時価を補償すべきであるのに時価によらない対価が定められた。また、本件土地は前述のように宅地化されており、このことは対価を定めるについての特別事情となるのに特別事情がないものとして対価が定められた。
(手続に関する違法)
(一) 買収計画
(1)本件買収計画は自創法附則二項にもとづくものであるから同法施行令四三条により小作農の請求がなければ定めることができない。ところが本件土地の買収申請をした小林、竹本の両名は本件土地の小作人でない。(2)本件買収計画は村農地委員会作成名義の買収計画書という文書で表示されている。しかしながら、同委員会備付けの議事録によつても、右文書の内容と一致する決議があつたことを明認しがたい。又同委員会が決議した買収計画事項の全部が完全には右文書に表明されていない。すなわち右文書は同委員会の決議を表明する法定の買収計画書とはいえない。(3)買収計画は農地委員会という合議体の行政行為的意思を表示する文書であるから、文書自体に委員会の特定具体的決議に基づいた旨の記載と、その決議に関与した各委員の署名のあることを有効要件とする。ところが、本件買収計画等は右の要件を欠いている。
(二) 公告
各市町村農地委員会はその決議をもつて公告という処分をしなければならない。この公告は買収計画という委員会の単独行為を相手方に告知する意思伝達行為であり、買収計画は公告により対外的効力を生ずるものである。公告すること自体は事実行為であつても、その事実行為が行政処分の効力発生要件となるのであるから、準法律行為というべきもので、行政事件訴訟特例法にいわゆる処分にあたる。ところで本件買収計画の公告は(1)村農地委員会の決議に基づいていない(2)委員会の公告ではなく委員会長の専断に出たものである(3)単に縦覧期間とその場所とを表示するにとどまり、買収計画を告知公表したものとはいえない。
(三) 異議棄却決定
これは買収計画に対する不服申立についての当該農地委員会の審判であるから、文書で表明され異議申立人に告知されることによつて効力を生ずる。ところが(1)原告に送達された異議棄却決定と一致する決議を村農地委員会がした証跡は同委員会の議事録にもない(2)決定書は委員会の審判書といえる外形を備えておらず、委員会長の単独行為又は単独決定の通知書にしかすぎない。
(四) 裁決
(1)本件裁決書は昭和二二年九月一九日付で作成されているが、実際の作成はその後であり、当日はその原案すら作成されていなかつた。
大阪府農地委員会が原告の訴願について裁決の決議をした事実はあるが、この決議は裁決の主文についてのみ行われたにすぎず、主文を維持する理由についての審議を欠く。故に裁決書の内容に一致する委員会の決議はなかつたというべく、裁決書は同委員会の意思を表示する文書ではない。(2)裁決書は右委員会の会長である大阪府知事の名義で作成されているが、会長が訴願の審査と裁決の決議に関与しなかつたことは公知の事実である。故に裁決書は委員会の裁決に関する意思を表示する文書とはいえない。(3)裁決書を会長名義で作成することは法令上許されない。
(五) 承認
買収計画の承認は承認の申請に基づき、買収計画に関し検認許容を行なう行政行為的意思表示である。買収計画はその公告によつて対外的効力を生じ、さらにこれに対する適法な承認によつてその効力が完成しここに確定力を生じ政府の内外に対し執行力を生ずる。従つて、承認は、たとえ行政庁間の内部的行為ではあつても、買収計画という行政処分の効力発生要件となるものであるから、いわゆる認可行為にあたり、行政処分たる性格を有する。
ところで(1)本件買収計画に対しては適法な承認がない。大阪府農地委員会が今次の各買収計画に対して法定の承認決議をした外形はあるが、あるいは市町村農地委員会の適法な承認申請に基づかないものがあり、あるいは承認の決議が裁決の効力発生前になされたものがあつて、概ね承認の決議自体無効である。このことは本件買収計画に対する承認についても同様である(2)本件買収計画に対して承認の決議はあつたが、決議に一致する承認書が作成されていない。又村農地委員会に送達告知されていない。すなわち適法な承認の現出、告知を欠いており、承認という行政処分は存在しない(3)仮に右の決議をもつて承認と解しても、このような決議は法定の承認としての効力がない。
(六) 買収令書の交付
(1)買収令書の交付は買収処分完結の条件であるから、買収令書は買収の時期までにもとの所有者に現実に交付するかこれにかわる公告をしなければならない。ところが本件買収の時期までに買収令書の交付はなかつたから、その後に買収令書が交付されたとしても、本件買収計画は不成立に終つたものである。(2)共有地の買収にあつては、各共有者に買収令書を交付しなければならない。ところが大阪府知事は昭和二三年一二月一〇日共有者の一人である仲川幸太郎に買収令書を交付しただけで、その余の共有者には交付していない。もつとも、大阪府知事は昭和三六年五月三〇日に至つて原告に買収令書を発行交付したが、本件のように一旦買収処分が終了し、昭和二三年一月一九日の本訴提起以来原告が抗争を続けてきたのに処分庁においてこの点を無視放任し続けながら、十数年後になつて原告の抗弁を看過すべきものでないことに気づいて買収令書を発行交付した場合には、買収令書の交付を欠くかしは治ゆされない。
三、その後、本件土地につき政府売渡(農林省名義の土地所有権売渡行為)が実施され、大阪府知事の嘱託にもとづき買収登記、売渡登記がなされた。しかしながら、政府買収が無効である以上これらの行政処分、登記も無効である。
よつて申立どおりの判決を求める。
第三、被告らの答弁ならびに主張
(本案前の主張)
買収計画の公告、承認は行政処分でないから、その無効確認を求める訴は不適法である。
(本案の答弁ならびに主張)
一、請求原因一の事実(裁決書送達の点を除く)は認める。
本件買収計画は、自創法附則二項により、昭和二〇年一一月二三日現在の事実にもとづけば、本件土地は在村地主である三宅村外五ケ村青年学校組合所有の小作地であるとしてこれを定めた。保有面積としては別紙保有面積一覧表記載の土地を残すことにしたが、右土地は同時に定められた買収計画により法人所有の小作地として認定買収した。
二、請求原因二の実体に関する違法の主張について
(一) 本件土地は原告外一五名の共有であつて、原告の単独所有ではなく、村農地委員会が原告の単独所有と認めたこともない。従つて本件土地が原告の単独所有であることを前提とする本訴は失当である。
(二) 三宅村外五ケ村青年学校組合は昭和一九年五月青年学校建設の目的で本件土地を含む二二筆の土地合計二町一反余を買入れたが、戦時中のため校舎も建築できずうち四反歩を生徒の農業実習用地にあてたのみで、残りはすべて従来の耕作者が耕作していた。右実習用地も適当な農機具がなく、生徒の実習もできない状態であつたので実際には教職員が耕作していた。このように本件土地は永年にわたり耕作されていた農地であつて公簿面の地目も田であつた。地目が宅地に変更されたのは右原告外一五名が買受けた後の昭和二一年一二月二四日のことであつて、このような地目変更手続があつたからといつて現況が農地である田を宅地化するものではない。区画整理を施行し、道路線が設けられ宅地化していたとの原告主張は否認する。
(三) 対価に不服のある者に対しては、自創法一四条の出訴方法が認められており、対価の不当違法は買収計画、買収処分自体を違法とする事由にならない。
三、請求原因二の手続に関する違法の主張について
原告が手続に関する違法原因として主張するところは、すべて原告が独断的に構成したものであつて、法律上の根拠はない。本件各行政処分はすべて適法であつて、外形はもちろん内容においても欠点はない。
第四、証拠<省略>
理由
一、別紙目録(1)記載の土地に関する訴について
成立に争いのない乙一号証によると三宅村一八一三番地の土地一筆の面積は四九六坪(もと田一反五畝二六歩外畦畔二〇歩)であることが認められ、成立に争いのない乙三、七号証によると右四九六坪全部が買収の対象とされたことが認められる(乙三、七号証には青字で一反五畝二六歩とだけ記載されているけれども、特に畦畔の部分を除く旨の記載はなく、赤字で四九六坪と併記されていることよりすれば、右青字の記載は誤つて畦畔の部分の記載を落したものと認められる。)原告はそのうち(1)の土地の部分に限つて処分の違法を争うのであるから、右(1)の部分が一八一三番地のどの部分にあたるかを具体的に明確にしなければ訴訟の客体となる処分の範囲を特定できない。原告主張の別紙図面には一応一八一三番地一〇八坪五六七と表示された部分があるけれども、右図面には同番地の残りの部分の記載がなく、あたかも一八一三番地全部を図示し坪数だけを一〇八坪五六七と記載したもののようにも受けとれないことはなく、右図面のみをもつてしてはまだ(1)の土地が一八一三番地のうちどの部分の一〇八坪五六であるのか明らかにできず、他にこれを明らかにできる資料はない。従つて右訴は訴訟物の特定を欠き不適法である。
二、別紙目録(2)記載の土地(以下本件土地という)に関する訴について
(一) 訴訟物の特定について、
原告は本件土地として三宅村一八一六番地のうち六四一坪と主張しているが、成立に争いのない乙一号証によると同番地一筆の面積は六四一坪であることが認められるから、本件土地は一八一六番地の全部であり、この意味においては訴訟物の特定に欠けるところはない。
(二) 被告委員会との間で買収計画の公告の無効確認を求める訴について。
買収計画の公告は買収計画を定めた旨を表示する行為に過ぎないから、行政訴訟の対象となる行政処分ではない。原告は、公告すること自体は事実行為であつても公告は行政処分の効力発生要件となるのであるから、準法律行為として行政訴訟の対象となる処分にあたると主張するが、準法律行為とは、もともと意思表示を要素とする法律行為に対する概念として意思表示を伴わない法律的行為をいうものであつて、法律行為の表示行為は準法律行為にあたらないから、公告が準法律行為であるとの原告の主張は採用の限りでなく、また行政処分の効力発生要件となる個々の事実はそれ自体独立して国民の権利義務に直接影響を与えるものではなく、他の要件事実とあいまつて一個の行政処分を有効に成立させ、その結果国民の権利義務が影響を受けるにとどまるから、このような個々の事実を独立した処分として行政訴訟の対象とすることはできない。従つて右訴は不適法である。
(三) 被告委員会との間で買収計画の承認申請、承認の無効確認を求める訴について、
(1) 買収計画の承認申請、承認は行政庁相互間の対内的行為にとどまり、国民の権利義務に直接影響を及ぼすものではないから、行政訴訟の対象となる行政処分ではない。
(2) しかも原告は承認申請の無効確認を求める訴につき原告適格がない。
右訴が行政事件訴訟法(以下新法といい、行政事件訴訟特例法を旧法という)の施行後である昭和三七年一一月二一日受付の請求の趣旨補正申立書にもとづく訴の追加的変更により係属するに至つたものであることは記録上明白である。そこで、右訴に新法附則八条一項の適用があるか否かについて判断する。法律の改正があつた場合、実体法にあつては改正法を遡及して適用すると既得権を動揺させ、生活関係の安定を害するので法律不遡及の原則がとられねばならないが、訴訟法にあつては通常そのような不安はなく、かえつて改正前から係属している事件についても改正法を適用し、すべての事件を同一の手続に従つて画一的に処理する方法が多数の事件を併行して処理する裁判所、職業的な訴訟代理人にとつて簡便であり、合理的である。そこで新法施行後は旧法事件についても原則として新法を適用するとの立場がとられた(附則三条)。しかし新法三六条についてもこの立場をつらぬくと、新法施行前から係属中の無効確認訴訟はその大多数が原告適格を欠くことになつて、原告は現在の権利関係に関する訴に訴を変更するか、別訴を新たに提起しない限りその目的を達することができなくなる。このことは手続の混乱を招くのみならず、訴訟経済上も極めて不経済である。新法附則八条一項が新法施行の際現に係属している無効確認訴訟の原告適格についてはなお従前の例による旨を定めた趣旨は、このような混乱と不経済を避けるためであると解せられる。従つて、たとえ新法施行前の無効確認訴訟に訴の変更の形式で併合提起された訴であり、しかも右事件の対象となつている行政処分とともに一個の手続を構成する他の行政処分の無効確認を求めるものであるとしても、新法施行後に提起された訴である以上これに新法三六条を適用することにより右のような混乱と不経済を生じるおそれはなく、従つて新法附則八条一項の適用もないと解するのが相当である。
すると、原告の右訴には新法附則八条一項の適用はないから、承認申請が無効であることを前提として被告国に対し本件土地が原告の所有であることの確認を求めることにより目的を達することができる本件の場合、原告は新法三六条により右訴を提起する適格がない。
(3) また被告委員会は承認の無効確認を求める訴につき被告適格がない。新法施行の際現に係属中の無効確認訴訟にあつては、新法附則八条一項により行政処分の効果の帰属主体である国または公共団体(民事訴訟法の一般原則)あるいは処分をした行政庁(旧法三条の準用)を被告として提起しなければならない。ところが被告委員会はそのいずれでもないから右訴の被告となる適格がない。
従つて、承認申請、承認の無効確認を求める訴は不適法である。
(四) 被告委員会との間で訴願裁決、買収令書の発行交付の無効確認を求める訴について
被告委員会は訴願裁決、買収令書の発行交付(買収処分)の処分庁ではないから、右訴につき被告適格がないことは(三)(3)に述べたところと同一である。従つて右訴は不適法である。
(五) 被告委員会との間で政府売渡に関する一切の行政行為の無効確認を求める訴について
(1) 原告のいう「一切の行政行為」が具体的にどのような行政処分を指すのか確定的でないから、右訴は訴訟の特定を欠き不適法である。
(2) しかも右訴は、昭和三七年一一月二一日受付の請求の趣旨補正申立書にもとづく訴の追加的変更により係属するに至つたものであること記録上明白であるから、右訴につき原告が適格をもたないことは(三)(2)に述べたところと同一である。右訴はこの意味においても不適法である。
(六) 被告国との間で政府買収、政府売渡の無効確認を求める訴について、
「政府買収」とは、原告の主張するところによれば、農地買収のために行われる個々の行政処分を指すのではなく、全体としての農林省名義の土地所有権取得行為をいい、「政府売渡」は農林省名義の土地売渡行為をいうのであつて、原告はこれらを個々の行政処分とは別個に一つの行政処分であるとしてその無効確認を求めるのであるが、自創法が買収計画、買収処分あるいは売渡計画、売渡処分のほかに原告のいうような政府買収、政府売渡を独立の行政処分として認めているとは解せられないしまた自創法上の一連の買収、売渡手続により権利を害されたものは買収計画、買収処分等の個個の処分を訴の対象として救済を求めることができるのであるから、このほかにことさら政府買収、政府売渡という概念を構成して出訴の対象とする必要も利益もない。従つて右訴は行政訴訟の対象とならないものを対象とした不適法な訴である。
(七) 被告国との間で登記嘱託行為の無効確認を求める訴について
買収による取得登記、売渡による所有権移転登記の各登記嘱託行為は、直接国民の権利義務に変動を及ぼすものではなく、行政訴訟の対象となる行政処分ではない。
農地の買収処分あるいは売渡処分が行政処分であるからといつて、直ちにこれにともなう登記の嘱託行為もまた行政処分であるとするのは議論に飛躍がある。一般に官公庁が登記嘱託を行うのは大別して二つの場合がある。一つは国または公共団体(以下単に国等という)が登記すべき権利関係(不動産登記法一条)の主体となり官公庁がその登記嘱託機関として行う場合であり、他の一つは官公庁が当事者の権利関係に介入し、保護する公権力行使の主体として公権力の発動を公示するために行う場合(例えば競売、保全処分等に関する登記)である。前者の場合であつても不動産登記法は私人の場合と違つて申請といわず嘱託という表現を用い、また三〇条、三一条等の特則を設けている。しかし、この場合には国等といえども私法上の権利主体として自己の権利関係を公示するため登記制度を利用するに過ぎないのであるから、登記制度の一利用者という点では私人と同列の立場に立つものであり、嘱託行為の性質は私人の登記申請行為と本質において異るところはない。そこに公権力の行使としての性格は見出せない。そしてこのことは国等が登記すべき権利を取得しあるいは喪失した原因が私法行為であるか行政処分であるかによつて別異に考える必要はない。その差は登記原因となる事実が異つているに過ぎず国等が私法上の権利主体として登記制度を利用することにかわりはないからである。そこで農地買収の場合についてこれを見るに、自創法は自作農を創設するにあたり買収処分によつて農地の所有権は一旦国に帰属し(一二条一項)、売渡処分によつて売渡の相手方に移転する(二一条一項)との構造をとつている。買収、売渡にともなつて行われる登記も、買収を原因とする取得登記(自作農創設特別措置登記令五条)、売渡を原因とする所有権移転登記(同令一五条)であつて、私法上の権利関係の変動を公示するものである。従つて、これらの登記嘱託行為自体は官公署が当事者の権利関係に介入し保護する公権力行使の主体として行うものではなく、買収処分あるいは売渡処分により国が取得しあるいは喪失した所有権の変動を公示するため、国が登記制度の一利用者として私人と同列の資格で行うものであつて、その性質は私人の行う登記申請行為と同質のものと解すべきである。買収、売渡による登記については、自作農創設特別措置登記令が種々の特則を定めており、なかでも買収による取得登記の嘱託書には登記義務者の承諾書、登記義務者の権利に関する登記済証を添附することを要せず(六条二項)、登記名義人と買収の相手方が相違する場合でも却下できない(九条)としている点は、右登記嘱託行為が公権力の行使として行われるのではないかとの疑をいだかせないでもない。しかしながら、買収による取得登記の嘱託書に被買収者の承諾書や登記済証を添附することは事実上困難であるし、また農地買収は登記名義人に対してでなく真実の所有者に対して行われるべきものであるから、両者が相違するときに一般原則に従い代位登記によつて登記名義人を被買収者名義に変更してからでないと登記嘱託ができないとすれば、登記名義人の承諾が得られず代位登記ができないために買収による登記をすることが事実上困難となるおそれがある。反面、登記原因である買収処分は、判決の既判力のような効力はないにしても、行政庁が調査し、買収計画を公告して関係者に不服申立の機会も与えたうえ行われる行政処分でありまた、買収令書の謄本とこれを交付または公告したことを証する書面を添附しなければならないことにすれば、架空の登記原因をかかげて申請される危険はなく、登記の真正を害するおそれはないといえよう。すると、右特則は買収による取得登記も国が私法上の権利主体として登記制度を利用するものであることを前提としたうえで前記の事情を考慮し、手続上の特例を認めたものと解せられ、右登記嘱託行為が行政処分でないと解することと矛盾するものではない。
原告の右訴は、右登記嘱託行為が行政処分であるとしてその無効確認を求めるのか、行政処分でないとしてこれを求めるのか判然としないが、行政処分とするものであれば以上述べたところにより不適法な訴であり、そうでないとすれば登記嘱託行為は単なる過去の事実に過ぎないから確認の利益がなく、やはり不適法である。
(八) 被告国に対して所有権回復を求める訴について
原告は右訴とともに被告国に対し本件土地の所有権確認と大阪府知事が買収、売渡による登記の抹消登記手続をとることの認容を求めているから、右訴が所有権確認あるいは不動産登記簿上の所有名義の回復を求めるものでないことは明らかである。従つて、原告の求める「所有権回復」は具体的にどのような内容の給付をいうのか明確でなく、右訴は不適法である。
(九) 被告国に対して大阪府知事の抹消登記手続の容認を求める訴について
(1) 買収処分による取得登記の抹消登記手続を訴求するには、不動産登記簿上右登記による利益を享受している権利主体である国を被告とし、(売渡処分による移転登記の抹消登記手続の訴求は右処分による所有権の取得者を被告とし、)これに対して直接抹消登記手続の履行を求めるべきである。
原告は、たとえ、被告国に対して大阪府知事が本件取得登記の抹消登記手続をとることを容認すべき旨の確定判決を得たところで、その判決は不動産登記法二七条にいう判決にあたらないから、原告が単独で抹消登記申請をすることができないのはもちろん、右判決は被告国に抹消登記義務があることにつき既判力を生ずるものでもないから、これによつては原告と被告国間の紛争を少しも解決することができない。
また、右抹消登記については大阪府知事が被告国の登記嘱託機関とされているのであるから、その登記手続に関する限り被告の意思は大阪府知事の意思と同視される関係にあり、被告国に対して大阪府知事が行う抹消登記手続の容認を求めることは自分で自分の行為を容認すべきことを求めることに帰し、無意味である。従つて右訴は訴の利益を欠き不適法である。
第二、本案の判断
村農地委員会が昭和二二年七月二四日本件土地を原告外一五名の共有にかかる小作地であるとして買収時期を同年一〇月二日とする買収計画を定め、即日その旨を公告し、同日から一〇日間これを縦覧に供したこと、原告が同年八月二日異議の申立をしたが同月一五日棄却され、同年九月二日訴願したが同月一九日棄却の裁決があつたことについては当事者間に争いがなく、右棄却の裁決書(謄本)が原告に同年一一月九日送達されたことは被告らにおいて明らかに争わないから自白したものとみなされる。右買収計画が小林広及び竹本清一の申請にもとずく遡及買収であることは原告の自認するところであり、成立に争いのない乙二、三号証及び証人長尾瑞嶺の証言によると、村農地委員会は昭和二〇年一一月二三日現在における事実によると本件土地は在村地主である三宅村外五ケ村青年学校組合所有の小作地であるとして本件買収計画を定めたこと、その際保有面積として被告ら主張の土地が残されることになつたが、右土地は本件買収計画と同時に定められた買収計画により法人所有の小作地として認定買収されたことが認められる。
一、被告委員会との間で買収計画の無効確認を求める訴について
(一) 本件土地の所有者に関する原告の主張について
本件土地の所有権が右学校組合より原告主張の原告外一五名に移り、その共有となつていたことは当事者間に争いがない。原告は昭和二一年六月四日共有物分割の協議ができ同日以後は原告が単独で所有している旨主張し、成立に争いのない甲三号証、乙四号証には原告所有地として本件土地が記載されているが、右各書証はいずれも本件買収計画に対する異議申立書であつて原告の主張を記載した書面に過ぎないから、右証拠のみをもつてしてはまだ右事実を認めるに足らず、他に右分割の事実を認め得る証拠はない。かえつて証人長尾瑞嶺の証言によれば買収計画当時も右原告外一五名の共有であつたことが認められる。従つて、原告の右主張は失当である。
(二) 原告の単独所有を前提とする右訴は失当であるとの被告の主張について
被告は、本訴は本件土地が原告の単独所有であることを前提とするから、右前提を欠く以上右訴は失当であると主張するので判断する。本件土地が原告の単独所有である旨の原告の主張は、請求を理由あらしめる一攻撃方法としての性格と右訴の原告適格を基礎づける事実の主張としての性格をもつている。前者との関係では原告が買収計画につき他の違法事由も主張している以上、右主張が失当であつても直ちに右訴が失当となるものでないことは明らかであり、後者との関係では、農地の共有者全員に対し一個の処分として買収計画が定められた場合、これに対する抗告訴訟の提起は共有物の保存行為として共有者の一人が単独でできると解せられる。原告が本件土地の共有者の一人であることは前認定のとおりであるから、右訴は原告適格を欠くものではない。従つて、被告の右主張は失当である。
(三) 本件土地は農地でないとの原告の主張について
成立に争いのない乙一号証、証人藤園静慶、同小林広、同竹本清一の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。
本件土地はもと畑であつたが、耕作者がなくなつたため一旦荒地となつていたのを、戦時中になにびとかが休閑地利用として再び耕作をしていたところ、昭和二〇年五月一日頃三宅村外五ケ村青年学校組合が青年学校を建設する目的で附近の土地とともにこれを買い受けた。ところが戦争のため建物の建築には着手できないまま、右敷地の一部を生徒の農業実習用地にあて残りの敷地は教職員に耕作させていた。
終戦とともに生徒が来なくなり、組合も学校経営を続ける意図を失つて、右実習地も教職員に耕作させていた。昭和二一年三月末頃学校組合は解散し、同年四月一三日原告外一五名が本件土地を買い受けたが、その後も従前どおり耕作が続けられていた。本件土地の地目は宅地となつているが、右は原告らが取得した後の同年一二月二四日に地目変換の手続がとられたものであつて、その前は田であつた。以上の事実が認められる。
ところで、青年学校組合が学校建設を目的として取得した土地であつても、客観的にみて学校敷地としての形態を備えておらず、学校建設のために使用することが土地の使用状況の中に実現されていないときには、以前から畑として耕作されており、一時耕作が中断されたとはいえ、他の目的に供されることもなく荒地として放置されたままの状態で再び耕作の用に供されている土地である以上、自創法二条一項にいう農地にあたると解すべきであるから、本件土地を農地でないとする原告の主張は失当である。
(四) 本件土地は小作地でないとの原告の主張について
証人藤園静慶、同小林広、同竹本清一の各証言を総合すると、本件土地は、前記青年学校組合が取得した後その使用方法を決定する権限を有していた校長藤園静慶の指示により同校指導員小林広、同竹本清一の両名が耕作していたこと、竹本は昭和二〇年一二月末学校を退職し、以後個人の資格で耕作するようになり、小林も学校組合解散後は個人の資格で耕作を続けたが、それまではいずれも学校の職員としての立場で耕作していたこと、従つて、本件買収計画の基準日である昭和二〇年一一月二三日当時、右両名は独立の耕作主体として本件土地を耕作していたものではなかつたことが認められる。証人小林広は、「藤園が小林と竹本に対して君達はもと百姓だつたのだから二人でずつと耕作していてくれといつた」旨供述しているが、その話が右基準日より前にあつたのか後にあつたのか判然としないのみならず、右供述は証人藤園静慶の証言に照らしてにわかに措信できない。また証人藤園静慶の証言によると小林と竹本は収穫物を勝手に持ち帰えることも容認せられていたことが認められるが、右事実のみをもつてしてはまだ右認定を動かすに足りず、他に右認定をくつがえし、基準日当時に本件土地が小作地であつたことを認めるに足る証拠はない。
従つて、本件土地は自創法にいわゆる小作地ではなく、本件買収計画には小作地でない土地を小作地であると誤認してこれを定めた違法がある。しかしながら右認定のとおり小林、竹本の両名が収穫物を勝手に持ち帰ることを認められていたこと、退職後あるいは学校組合解散後も個人として引続き耕作を続けていたこと等に徴すると右誤認は明白なかしとはいえないからそのかしは本件買収計画の取消原因となるにとどまり本件買収処分を無効ならしめるものではない。
(五) 買収土地が特定されていないとの原告の主張について前示乙三号証(本件買収計画書)には、本件土地の表示として、字北角、地番一八一六、地目台帳宅、現況田、面積二反二〇歩、六四一坪(朱書)と記載されており、右二反二〇歩と六四一坪は計数上一致しないけれども、前示乙一号証(不動産登記簿)によると本件土地はもと田二反二〇歩外畦畔二一歩(合計二反一畝一一歩、六四一坪)であつたことが認められ、右乙三号証に特に畦畔の部分を除く旨の記載も、一筆の土地の一部を買収する旨の記載もなく、赤字で六四一坪と併記されていることを総合すると、本件買収計画は本件一筆の土地全部をその対象としたものであることが明らかである。
原告は本件買収計画書に原告らの共有地として記載された二二筆の面積の合計は六、三六二坪となり原告らが取得した六、〇〇〇坪と相違し、どの部分を買収したのか不明であると主張するが、六、三六二坪の方が六、〇〇〇坪より広いことは計数上明らかであり、原告らが取得したという土地はかえつて右六、三六二坪の中に含まれ、その全部が買収の対象となつていることになり、原告の右主張は主張自体矛盾しており、失当である。
(六) 対価が違法であるとの点について
買収農地の対価について自創法一四条が増額請求の訴を認めたのは、対価の額の問題を買収計画の取消原因から切り離し、たとえ対価に不服がある場合であつても買収計画そのものの取消原因とせず、もつて買収手続の円滑をはかる趣旨であると解せられるから、対価に不服のあることを理由に買収計画の取消又は無効確認を求めることは許されない。
(七) 手続面に関する原告の主張について
原告主張(一)の(1)の点について、小林、竹本の両名が小作農でなかつたことは前認定のとおりであるが、これを小作農と誤認して適法な遡及買収の申請があるものと判断し、買収計画を定めたとしても、そのかしは明白でなく、本件買収計画を無効ならしめるものでないことは(四)に述べたところと同一である。
原告主張(一)の(2)及び(3)の点について
昭和二二年七月二四日村農地委員会が本件買収計画を定める旨の決議をしたことは当事者間に争いがない。
原告は同委員会備付の議事録によつても、右決議が本件買収計画書の内容と一致することを明確にしがたいと主張する。成立に争いのない乙二号証(議事録)、乙三号証(買収計画書)及び証人長尾瑞嶺の証言を総合すると、村農地委員会は同月二〇日自創法附則二項により本件土地を樹立準備中の第三回農地買収計画に編入することを決議し、同月二四日、本件買収計画書記載どおり買収計画を定めたこと、右買収計画書には、買収すべき農地の所有者として前認定の共有者原告外一五名の氏名及び住所が列記され、買収すべき農地として本件土地の所在、地番、地目(前認定の土地台帳による地目、及び現況による地目)及び面積が、買収時期として昭和二二年一〇月二日、対価として一、九八四円と各記載されており結局自創法六条二項の買収計画事項全部について村農地委員会の決議を経ていることが認められ、原告主張の議事録は一個の証拠方法であるに過ぎないから、他の証拠方法によつて右事実が認められる以上、原告の右主張は失当である。
また、買収計画書に計画が議決にもとづいた旨を記載しあるいは議決に関与した委員が署名することは法律の要求するところではないから、これを欠いても買収計画書ないし買収計画樹立の手続が違法であるとはいえない。
原告主張(二)の(1)及び(2)の点について
公告は前判示のとおり買収計画の表示行為であるから、市町村農地委員会において買収計画が定められたときには、その代表者である会長がその権限にもとづいてこれをなし得るものというべく、これにつき委員会の特別の議決を要するものではない。従つて原告の右主張は主張自体失当である。
原告主張(二)の(3)の点について
右主張事実については立証がないから採用できない。
以上のとおりであるから、本件買収計画には無効原因となるかしはなく、本件買収計画が無効であることの確認を求める原告の請求は理由がない。
ところで、行政処分取消訴訟の出訴期間内に提起された行政処分無効確認の請求は、もしその処分が当然無効でない場合にはその取消を求める請求を含むものと解すべきである。原告が本件訴訟を提起したのは昭和二三年一月一九日であつて、昭和二二年法律二四一号自作農創設特別措置法の一部を改正する法律附則七条所定の出訴期間内に提起されたものであることは明らかであるから、右無効確認請求のうちには取消請求を含むものというべきである。そこで、取消請求の当否について判断するに、本件土地は小作地でなく、本件買収計画には小作地でない土地についてこれを定めた違法のあることは(四)に判示したとおりであるからその余の点について判断するまでもなく取消を免れない。
二、被告委員会との間で異議棄却決定の無効確認を求める訴について、
(一) 本件買収計画に無効原因となるかしがない以上、これに対する原告の異議申立を棄却した決定には無効原因となる実体上のかしはない。
(二) 成立に争いのない乙四号証(異議申立書)、同五号証(議事録)、同六号証(決定書)を総合すると、原告の異議申立に対して村農地委員会は昭和二二年八月一五日の会議においてこれを審議して棄却する旨の議決をしたので、これにもとづいて同委員会長名義で異議を棄却する旨とその理由を記載した決定書を作成したことが認められ、右決定書の内容と議決との間に原告主張のような不一致はない。また、決定書の作成は会長名義をもつてしても差し支えなく、本件決定書に右認定のような記載のある以上、決定書としての外形を備えない違法はなく、これをもつて委員会長の単独行為または単独決定の通知であるとする原告の主張は採用できない。従つて本件異議棄却決定を無効ならしめるような手続上のかしはない。
以上のとおりであるから、本件異議棄却決定が無効であることの確認を求める原告の請求は理由がない。
ところで、右請求は、昭和二五年三月六日受付の原告準備書面により追加されたものであるが、右請求は異議棄却決定に固有の形式的な違法を争う部分と、買収計画の実体的及び形式的違法を争う部分を含み、後者は買収計画の取消請求と実質的に同じ請求を含むと解せられるから、右異議棄却決定に対する訴は買収計画の違法を攻撃する部分に限り原告が本件買収計画無効確認の訴を提起したのと同時に訴が提起されたのと同視すべきであり右訴提起の時期が異議棄却決定に対する出訴期間内であつたことは買収計画無効確認の訴について述べたところから明らかであつて、右異議棄却決定無効確認の訴はその取消訴訟の出訴期間内に提起されたものである。
従つて、右請求が取消請求を含むと解すべきことは買収計画無効確認請求について述べたところと同一であり、買収計画に前判示のようなかしがありその取消を免れない以上、右買収計画を維持し原告の異議を棄却した本件異議棄却決定もまた取消を免れない。
三、被告国に対し所有権確認を求める訴について、
原告が、本件買収計画当時本件土地の共有者の一人であつたに過ぎないことは、一の(一)に判示したとおりであり、その後において原告が本件土地の単独所有権者となつたことの主張、立証はないから、原告が本件土地を単独で所有する旨の原告の主張はその余の点を判断するまでもなく失当である。
ところで、所有権確認の請求は、原告が単独所有権者であるとの確認を受けなければ出訴の目的を達しないような特段の事情がある場合(例えば前共有者に対してその共有権を否定し、単独所有権の確認を求めている場合)を除いて、単独所有権が認められない場合は共有持分権の確認を求める趣旨を含むと解すべきであるから、以下この点について判断をすすめる。
(一) 買収計画、異議棄却決定に関する原告の主張について
買収計画、異議棄却決定に無効原因となるかしの存しないことは前判示のとおりである。
(二) 裁決が無効であるとの原告の主張について
本件買収計画異議棄却決定に無効原因となるかしがない以上、これに対する原告の訴願を棄却した裁決に無効原因となる実体上のかしはない。
原告主張の手続に関する違法(四)の(1)の点について
行政処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴訟において、行政処分の無効原因となる事実については、行政処分の無効を主張する側に主張、立証責任があると解すべきところ、原告は右主張事実を立証しないから、右主張は採用できない。
同(四)の(2)及び(3)の点について
裁決書を会長名義で作成しても違法でないことは異議棄却決定について判示したところと同一である。会長は農地委員会の会長としての資格で裁決書を作成するのであつて、その議決のあつた会議の議長としての資格で作成するのではないから、会長が会議に欠席して議決に関与しなかつた場合でも会長名義の裁決書を作成できないものではない。右主張は主張自体失当である。
従つて、本件裁決には無効原因となるかしはない。
(三) 買収処分(買収令書の交付)が無効であるとの原告の主張について、
買収計画に無効原因となるかしがない以上、これにもとづく本件買収処分に実体上のかしはない。
原告主張の手続に関する違法(五)の点について
原告の右主張事実については立証がないから、承認が無効であるとする原告の主張は採用できない。
同(六)の点について
本件買収の時期が昭和二二年一〇月二日と定められたこと、大阪府知事が昭和二三年一二月一〇日仲川幸太郎を本件土地共有者全員の代表者(代理人)であるとして同人に買収令書を交付しさらに昭和三六年五月三〇日原告に買収令書を交付したことは当事者間に争いがない。
共有地の買収は、各共有者に対して各別に買収令書を交付して行わなければならないから、買収令書を共有者の一人のみに交付しても他の共有者の持分については買収処分はその効力を生じないと解すべきところ右仲川幸太郎が原告から買収令書受領の代理権を与えられていたことを認めうる証拠はないから、右仲川に対する買収令書の交付により本件買収が原告に対して効力を生じたとすることはできない。
そこで、昭和三六年五月三〇日の原告に対する買収令書交付の効力について判断する。買収処分は、買収令書が買収の時期より後に交付されたときでも、その効果を買収の時期まで遡つて発生させることも可能であり、これを禁じる規定もないから、そのために法律関係の安定を損い、買収処分の相手方に予期しない損害を与えるものでない以上、違法ではないと解すべきである。本件の場合、前示仲川に対する買収令書の交付により原告にも買収令書の交付が有効になされ、国が本件土地の所有権を取得したものとして、すでに売渡処分も完了しており、他方原告は将来前記昭和二二年一〇月二日を買収の時期とする買収令書の交付があることを前提とする本件買収手続がすすめられていることを承知しており、買収計画に対する異議申立、訴願を提起したうえその取消を求めるため本件訴を提起しその係属中に前示仲川に対する買収令書の交付のあつたことを知つて昭和二五年七月二四日付準備書面において買収令書交付の無効確認の請求を追加するとともにその理由として原告が買収令書を受領した旨主張し昭和三四年四月三〇日付準備書面においても昭和二三年一二月二〇日(右仲川に対する買収令書交付の日)原告に買収令書が交付せられたと重ねて主張し(このことが買収令書の受領代理権の追認にあたるかどうかについては追認の主張がないから判断しない)、同年五月一二日付準備書面においてはじめて各共有者に買収令書を交付しない違法がある旨を主張するに至つたものであつて、これらの事実に徴すると、右買収令書の交付までに買収の時期から一三年余りを経過しているとしても、このために法律関係の安定が損われ、原告が予期しない損害を受けたとは認められないから、買収令書の交付が右のように遅れたというだけで、本件買収処分の効力を否定すべきではない。
従つて、本件買収処分に無効原因となるかしはない。すると本件土地に対する原告の共有持分権は、本件買収処分によつて国に移転したものというべきである。本件買収計画、異議棄却決定に取消原因となるかしがあることは前に述べたとおりであるが、取り消しうべき行政処分も権限ある行政庁または確定判決によつて取り消されるまではその効力を有し、原告が有していた共有持分権は右買収計画、異議棄却決定を取り消す旨の判決が確定することによつてはじめて原告に復帰するのであるから、本件口頭弁論終結当時に原告が本件土地の共有持分権を有していたとすることはできない。
従つて、本件買収手続上の各行政処分が無効あるいは取り消しうべきものであることを前提として原告が本件土地の共有持分権を有することの確認を求める原告の請求は理由がない。
第三、結論
よつて本件訴のうち不適法な部分はこれを却下し、被告委員会との間で(2)の土地の買収計画及び異議却下決定の取消を求める部分は正当として右各行政処分を取消し、その余の部分は失当として請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴九〇条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 前田覚郎 平田浩 野田殷稔)
(別紙)
目録
(1) 大阪府中河内郡三宅村一八一三番地の内
宅地 一〇八坪五合六勺
(2) 同所一八一六番地の内
宅地 六四一坪
ただし別紙図面中(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(イ)を結ぶ線で囲まれた部分
保有面積一覧表
所在
地番
地目
面積
大阪府中河内郡三宅村穴樋
一七六二番地
田
反八畝二三歩
〃
一七六三
〃
一、九、〇四
〃
一七六五
〃
一、一、一一
〃
一七六七
〃
九、〇七
〃
一八〇〇
〃
四、一三
〃
一八〇二
〃
六、一五
図<省略>